思うこと

ストレスというものについて考えてみた

 

ストレスというものについて考えてみた。

これから言う話は私のただの仮説なんですが、

もしや人生をひどく蝕んでいるのは、「ストレス」なのではないかと、思った次第です。

私の人生をさかのぼること10年

2005年の秋頃に起業を始めた私は、今年でちょうど10年となりました。

22という年から数えて今32ですが、

この10年間を最近よく振り返っていまして、すると、ストレス地獄の中で生きてきたなと思うのです。

例えば、

毎月支払いが迫りくるお金のストレス

不毛な争いを続けるストレス

気分が乗らない人間関係に付き合うストレス

見ず知らずの人に依存されてしまうストレス

理想があってもなかなかそれが形にならないストレス

正しい調査に基づく建設的批評を超えた根拠不明な誹謗中傷や風説からくるストレス

恋人にやましいことをして恋人と喧嘩をするストレス

自分がぶくぶく太っていくことに対する自分自身へのストレス

などなど。

私は、自分がストレスの固まりであったと思います。

ストレスは連鎖します。

どこかでストレスが生じると、他のストレスを連れてやってくるのです。

私の場合、どこで、それが生じたのかな?と考えると、

それは間違いなく起業です。

自分の身の丈を無視して起業したことで、それ自体からある一つのストレスが生まれました。

といっても起業とは、そもそも背伸び以外の何物でもないのですが。

ま、いわゆる理想と現実のギャップという奴です。

自分に力がないことを痛感することが最大のストレスになりました。

トレードオフ的に言うと、得たい結果は、成功、活躍、名声、お金、人気だったと思います。

その得たい結果を得るために、あるものを差し出し、背伸び(起業)を決断します。

そこで差し出したものとは、ストレスフリーの状態そのものです。

時間がない、お金に追われる、上手くいかない

起業とはストレスそのものです。

そして、最もきついのは自分の実力不足を感じること

これがストレスの根本になり、次のストレスを呼びます。

色々なことに八つ当たりすることもあれば、何かで気を紛らすこともあります。そして色々なことが起こります。

では結局ストレスというのは、悪いものなのか?良いものなのか?と考えたときに、

ある結論が思い浮かびます。

まずもってストレスとは、実は、人を成長させる動力源である。

そして、ストレスは、自分の個性を自分に理解させてくれるきっかけである。

ということ。

冒頭と矛盾しますが、それについては、これから書きます。

どういうことかというと、ストレスは一種の苦痛です。

人は、本能的に苦痛を逃れようと行動しますから、

ストレスを回避するために行動するはずなんです。

お金がいつも厳しいならもっと利益を生むようにすればストレスがなくなることがわかります。

そのため利益を出すために知恵を使い行動に移します。

つまりストレスの原因を解決しストレスを回避しようとして、知恵が出ることで成長するということです。

しかし稀にストレスだけを溜めていき改善できない場合もあります。

また、目に見えないストレスを生じさせる原因は人によって若干異なる上、様々な原因から生じます。

あるときは、嫁や夫のささいな習慣のせいかもしれないし、あるときは、たった一人の第3者の言動によるかもしれません。

ストレス発生原因は様々ですが、自分が何が嫌いなのかを自分に通知する機能があります。

ストレスを感じない部分は自分が嫌いではないことを自分に理解させ、ストレスを感じる部分は自分にとって嫌悪の対象なわけです。

そして、それは人によって異なる。

つまり、ストレスは苦痛回避を行う過程で自分を成長させるだけでなく、嫌悪感を抱く対象を理解することで、自分の元々持っている性格を浮彫にするものでもあります。

そういう風に考えるとストレスは必要なのですが、

ストレスは一種の異常事態ですから、ずっとそれにさらされていて良いというものではないのだと思います。

例えば、酒をたまに飲む、タバコを短期間吸っていたというのが実際上必ずしも健康に大きな問題を起こすわけではないのと一緒で、

ストレスも短期間において受けるのであれば良いのですが、

酒漬けになり、タバコを10年、20年と吸い続けると健康上、肝硬変や肺炎など大きな問題を引き起こすように、

ストレスに長年さらされ続けると重大な心の欠陥を伴うようになると思うのです。

ストレスは、短期間受けるだけなら変化や成長のきっかけですが、

それを感じたら、速やかにそれを回避する行動に変えていかないと、

きっかけどころではなく、色々な意味で精神上の病の原因になります。

そして一度精神上の病に発展すると、実生活での経済面や人間関係、健康面、自己実現面などに大きくマイナス作用するはずです。

収入は下がり、人は離れ、夢を忘れ、現実を逃避する。

ということで、私は自分の人生を振り返ってみました。

私にとってシンガポールに来たというのは、ストレス回避行動だったな、と思うのです。

もちろん今だからこそ、そう思うだけで、移住を決断した当時は、意識していません。

しかし、なかなか回避しきれないストレスを感じていて、

その根本的な解決が移住だった、ということです。

今思うと、ストレスを生み出していたのは、自分に他なりません。

自分の何等かの行動が、ストレスを生じさせ、自らを苦しめている場合がほとんどです。

もちろん中には、他者から受ける一方的なストレスというのもありますが。

ですが、大部分は自分が変われば、そのストレスは解決できます。

私にとって結構なストレスを与えていたのは、

自分自身の性格によるところも大きいです。

例えば、

来るもの拒まず、だったという性格。

あまり熟慮せず安易に私生活上も仕事上も依頼などの類を受託してしまっていた、という適当な性格。

そして、どちらかというと争いごとに反応しやすかったという性格。

まず、それなりに名前が知られると、本当にたくさんの接触があるものです。

その多く、いや全ては、私を何等かの有効資源と捉えた接近です。

私のことを考えてなどという提案はゼロです。

全て相手にとっての私の有用性や活用性です。

もちろんそれが経済だろうし、人間社会だと思います。

ただし、相手の言葉が上手いと表面上は、私のためだと説明されます。

しかし、私のためである接近は、これまでの個人的な経験では一度もありませんでした。

つまり何でも受け入れていたら、おそらく一瞬で自分という資源は食い尽くされてしまうものなんです。

だから、来るものは、基本、拒む、というスタンスぐらいが自分をストレスから守るという意味では、ちょうど良いです。

人はそれほど多くの人と深くお付き合いできませんし、まして仕事をするとなったらそれはもうごくごく少数だと思います。

出会いは、必然なんて言いますが、

実際は、自然な流れの中で出会い、気付いたら、双方いずれからも、かしこまったオファーもないのに仕事が始まっていたりするものです。

つまり自然が一番よかったりする。

ところで、私も含め、本当に「人」というのは自己中ですよ!

自分のことを考えて誰かに何かを提案します。

本当に相手のためを思って、何等かのオファーをできる人はいません。

少なくとも私はまだ見たことがないです。

言葉がとりつくろわれていたとしても、その深層にあるのは、その人の利己であり利益だと思います。

なので、私は、それを知ってしまっているからこそ、自分から誰かに会って欲しいということや、誰かにオファーをすることなどは一切控えています。

人は、自分にコアがあれば、いつか自然と必要な人に出会うようにできていると思うからです。

さて、ちょっとだけ戻して次に、「何でも引き受ける」という私個人のかつての性格についてですが、

結局これは何なんだろうと思ったところ、

その場の空気を壊したくない、なるべく良い顔をしていたいという自分の弱さだったなと思っています。

100%断ることは相手がかわいそうかな、相手を傷つけるかな、その場の雰囲気を壊すかな、といつも考えていました。

しかし、これは間違いだと思いました。

自分にとって、「ない」ことは、その場ではっきりとNoと言うようになりました。

これをするとその瞬間は、相手を確かに傷つけるかもしれないのですが、中長期的には、相手を救うことにつながります。

例えば、恋愛で、中途半端に情を見せると、相手が可能性に期待し、次の恋に行けない、という事態は色々なところで起こっているのかなと思うのですが、女も男も相手を本命にできないなら、自分のことを純粋に思ってくれている相手だからこそ100%NOであることを告げた方が本当の意味で相手のためになるということです。

仕事もそうだと思います。

日本人の中途半端な答えは相手を混乱させ、誤解させ、相手のチャンスを減らしてしまいます。

その場の空気が壊れるよりも相手のその先の人生がいささかでも壊れることの方がでかいわけです。

さらに、心からやりたくないことを受託して最もストレスを受けるのは、実は自分だったりします。

相手はそれが望みですが、自分はそれが本望ではない。

好きでもない人と付き合ってしまったときと同じです。

したがって、その場の空気を壊してでも自分がNoだと思うなら、Noを100%で言うべきだと思い至りました。

もちろん言い方には気を付けますよ。

そして、最後に争いについてですが、

私はそれなりによくかわしてきた方だとなと思ってはいます。

色々なこともあったのですが、もっと武闘派な人であれば、全て応戦していたと思います。

でも不毛な喧嘩に応戦すると、実は自分に一番ストレスが来てしまいます。

望んでもいない争いに自ら応戦して消耗するのです。

で、実際相手の望みは何かというと応戦してくることです。

そしてこちらが消耗するというのは、まさに相手の思うツボです。

この世の問題解決方法は、人によってその価値観が違うのです。

罵り合いをする人

陰湿な仕掛けで返す人

武力解決しようとする人

訴訟する人

話し合いをしようとする人

自ら手を下さず他者にやらせる人

風説や流言で相手を落とそうとする人

などなど、争い方の価値観が違うので、戦い方が異なります。

特にこの争い方が違う者同士が争うと、ややこしいことになります。

それぞれにかかるストレスが大きいのです。

国同士であっても争うし、企業同士も個人も争う。

その原因の根本にあるのは、それぞれの利益もしくは嫉妬や見栄から来る妨害、物事に対する見解の相違がそのほとんどだと思います。

価値観が違う、防衛すべき利益が違う、

そして、人の単純な嫉妬や見栄、驕りも、争いの原因になります。

人は街を歩いているときからネット上で活動しているときに至るまで

常に、争いに巻き込まれるリスクを持っています。

家庭内でもありえます。

なぜなら、自分が争いを好まないタイプであっても争いを持ちかけられることがあるからです。

しかし、大切なことはいかなる争いにも応戦しないことです。

しかるべき対応があるのであれば、感情を落ち着かせ、冷静の中で行うべきです。

国レベル、企業レベル、家族レベル、個人レベルであっても争い事は、マイナスしか生みません。

特に応戦した自分にはストレスしか残らないです。

以上の話をまとめまして、結局私が何を言いたいのかというと、

まず第一に「YES or NO」をはっきりとしていかないと自分にも相手にもストレスを与えてしまうということ。

それから、意思決定するときは熟慮し後悔のない選択を毎度行っていかないとこれまたストレスを抱えることになり、

さらに、

個人レベルの争い事などは、一時の感情でしかないことがほとんどなのだから、決して応戦してはならないということです。

そして、ストレスは、自分への違和感のサインなので、それを察知したら自分の何等かの行動に間違いがあるということですから、

すぐに訂正しないといけないということがわかったのです。

ストレスを継続する人は、自分の行動がそのストレスを生んでいることに気付かず、同じ問題を継続しているというわけです。

やがてそれは大きな問題に発展します。

だから、時に人は人生のある時を静かに過ごしストレスを整えることも大切です。

私はというと、こちらに来て、飲みに誘われることが少なくなりましたし、

あまり好まない人間関係からストレスを受けることがなくなりました。

また、当時よりも誹謗中傷は圧倒的に減って、心安らかになったことは間違いありません。

再度申し上げますと、人がお付き合いできる人の数は、実はとても少ないです。

会社が戦略的にパートナーを組める数も、実はとても少ないはずです。

そして少数の人を大切にすることこそが大きな幸せや結果につながっているはずです。

ですが、日本は、きっとストレスが多い国です。

著名人や影響力ある立場の人からすると、一般の方やファンの方などが著名人側の意思を考えず身近に迫り、自分本位の身勝手な要求や理不尽な考えを突きつけられることは、おそらく一番嫌なことなはずです。

一方でファンの方や応援してくれる方あっての著名人なので、それを軽視してふんぞり返ると、干されて終わりです。

ここに著名人の矛盾というか、大変さがあるのだと思います。

一方で一般の方にとっては、国の社会保障制度やお勤めの会社の上司、同僚や会社の制度などから来るストレス、そして、限られたお金の中で多くの課題をやりくりしなければならないのにも関わらず、膨大な時間を会社に拘束されてしまうことから来るストレスもあるのかもしれません。

また、評価されない、生活が向上しない。

これら全部ストレスになりえます。

満足の基準が上がっている先進国は大変だと思います。

物的な問題が解決された社会は、精神的な問題に直面するはずだからです。

一人一人がストレスを受けたら、本来はその中で成長していくわけですが、

一方で、そのストレスの正体は何なのか、ストレスの原因を突き止め、それを解消したり、解決するサインとして真剣にストレスと向き合っていかないと、ストレスがストレスを呼び、それが他者にも波及し、日本全体にストレスの連鎖を生じさせるはずですということです。

ところでそんなことを考えている私個人としては、ストレスフリーの理想状態を求めて、今後生きていきたいと思っています。

それはあたかも逃避的に思えるかもしれませんが、

ストレスフリーとは、実際、かなり難しい領域にあり、

それを実現している人は、ほとんどいません。

自分がそうなれるとしても相当な意識的努力が必要です。

そうであっても、努力してストレスフリーの自分の世界を作ろうと思っています。

そして、ストレスフリーと言っても他者から見ればストレスに思えても私にとってはストレスでないことも多いので、自分にとってストレスであることを解決していくだけです。

きっとそこには、愛とか協調とか笑顔とか、良い感じのものが溢れている気がします。

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