思うこと

与沢翼、魂の声

 

「与沢翼、魂の声」

これから、毎日たくさんの情報を発信していきます。実は、私はこれまでの1年以上に渡り、魂の籠ったメッセージを皆さんにお伝えしてきていません。あえてそうしていた、忙しさを理由に言い訳していたとも言えますが、私の勘違いも大きな要因です。

コピーを私以上に上手く書くのは、私の仲間でもできると考えてきたのですが、ここ最近になってようやくそれが過ちであるということがわかったのです。

私という人間が私でしかない以上、私にしか書けない物事があります。

激務の中ではありますが、私が皆さんにお役立ちできる一つのポイントでもあり、とても重要なことですので、ぜひご覧下さい。

今後、宣伝や告知ではない私の投稿には「与沢翼、魂の声」というタイトルを冒頭に付けさせていただきます。

早速、本投稿のテーマとなりますが、

私の好きな言葉に、

「過ちては則ち改むるに憚ること勿れ」

というものがあります。

私の人生のポリシーは、全力で今を生きて、その上で過ちがあれば、すぐに改めようというものです。

少なくともこの考えがあったことによって、まだまだ未熟ではありますが、少なくとも今の段階までは成長してこれました。

上記の言葉の意味をもっとわかりやすく説明しますと、

自分が誤っていると悟ったならば、躊躇なく、すぐにでも改めるべきであり、いたずらに体面や人のおもわくを考えて、改めるのを恐れてはいけませんよ、

という意味です。

何か失敗があったとき、私を含めて多くの普通の人は、うすうす自分の過失に気付きます。

あれがいけなかったのではないか?!

しかし、過ちに気付いた後になって、今更、やっぱり私が勘違いしていた、自分が間違っていた、だから変えていくとは、なかなか言い出しづらいものです。

あんなに自信をもって語っていたのに、今更間違っていたなんてぶれすぎだろう?全くいい加減だな、あの人は能力がないのではないか、と疑われてしまうのではないか、と直観的に及び腰になってしまうからです。

しかし、これは心の弱い人の間違った捉え方であると言わざるを得ません。

回りの人がどう思うか、実際にその真相はというと、

過ちに気づいてすぐに改めた場合には、

あ、やっと気づいてくれたんだ、

確かにそうだね、そこが間違っていたんだろうね、変えていけばよくなるね

と逆に安心感を持って、信頼を増すわけです。

一方、今更変えられないと思って、同じ考えに立脚してその行動を続ければ、

あのバカは死んでも直らない

一度痛い目を見たほうがよい

ということになって、信頼はさらに低下していきます。

そして、中国の故事には、このような言葉もあります。

過ちて改めざる、之を過ちと謂う

つまり、過ちを改めないのが過ちなのであるから、過ったらそれを是正しない態度の方が問題なんだよ、という意味です。

過ちは、直さなかった時点で、本当の過ちになります。

例えば、犯罪を犯してしまった人に対して、その過ちを改める機会として、懲役というものがあります。

刑法の趣旨としては、更生を促すことに意味があると考えるべきです。

古代ハンムラビ法典196・197条には、「目には目を、歯には歯を」という有名な記述がありました。

これは同害報復を基本とした考え方です。

例えが多少怖いものがありますが、例えば、耳を切られたら、耳を切り返す、という意味です。

これには、過剰な報復をしてはならない、という刑罰に対する牽制の機能ともう一つは、やられた分だけ返すのは当たり前だよね、という価値観が含まれていると言えます。これはこれで一つの筋が通った見解ではあるのですが、現代の刑法の趣旨は、そこにはありません。盗みをした人にも詐欺をした人にも同じく懲役というものが科されるというのは、同害報復ではないことは明らかですから、その真意は、反省して過ちを改めて欲しいという点にあると考えるべきです。

しかしながら、現代の受刑者の再犯率は、50%にも迫るとの発表が出ています。

このデータを見れば、過ちを知って、それを改めることがいかに難しいかということがおわかりになるはずです。

これは何も犯罪だけに限ったことではありません。

人間社会を生きる上で、過ちに気づくことは何度もあります。

そのときに、すぐに改めることができれば、人間はどこまででも大きな器に成長していくことができます。もちろん自分自身も幸せになっていけます。

ですから、私は「間違う」こと自体が悪いとは思っていません。

それを改めないことが最も悪いのであると思います。

最近私の知人が逮捕されてしまいました。

私は、その件とは一切無関係であり、その真相を知るところではありませんが、万一被疑事実が真実であったとすれば、その彼にとって重要なのは、すぐにでも改めることができるか、真に反省することができるか、ということのみだと思っています。

人は、改めることが、苦手です。

だから、悪いことをする人は、今後も悪いことをするだろうと周囲は思います。なぜなら、多くの人は自分を含めて、簡単には人は変われないということを知っているからです。

それによって、一度失った信頼回復には膨大な時間がかかります。

それに対する唯一の特効薬は、速やかなる改善しかないのです。

さらに、中国には、このような故事もあります。

「過ちは好む所にあり」

失敗は、得てして自分の得意としていることから起きることが多いという意味です。

私も最近感じておりますが、過ちは、自分の長所からもたらされることが多いものです。

次の故事もご覧下さい。

「善くおよぐ者は溺れ、善く騎る者は堕つ、各々その好むところを以って、反って自ら禍をなす」

これはどういう意味かと申しますと、

例えば、泳ぎの名手は、未知の海や、急流などで泳ごうとするから、溺れる機会に遇うし、馬術の達人は、荒馬を乗りこなせると考えたり、危険な障害物を飛び越そうと、あえてするから大きな事故につながったりする。

結局は、各人が、己は得意だと思うことから、概して不幸が起こってくる可能性が高いという意味です。

つまり、自分が苦手で用心深く慎重に行動している場合は、過ちは起きにくく、むしろ自信を持って得意気になっているときに過ちは起きるのだということです。

あなたの得意なことやあなたの強みの世界の中で、慢心や驕りによって、失敗がもたらされます。

ですから、長所にこそ、気を付けるべきですね。

そして、何よりも重要なことは、失敗をしてしまったら、誰よりも素直に、誰よりも素早く反省し、改善を行うことです。

これさえできれば、失敗は過ちとはなりません。

逆に、変化できるという意味で、過ちをきっかけとして、あなたは、無限の可能性を手にすることになります。

私は、10代で非行少年として逮捕されたとき、その当時の私としてできうる最大の猛省をしました。

それがあったからこそ、非行の世界と決別ができ、早稲田大学に入るという人生の転機ともなりました。

倒産したときも、融資や出資という資金調達に依存していた自分に猛省をかけました。

だからこそ、倒産後、記録的な速度で、利益率の高い会社を再創業することができたと思っています。

私は、今「あること」を猛省しています。

それについては、明日書きたいと思います。

皆様も、これだけは覚えておいて下さい。

過ちに気づいたら、弁解したり、とりつくろうように行動することなく、1日も早く改善をすることです。

そうすれば、逆境は常に、あなたにとっての飛躍になります。

与沢 翼

関連記事

  1. 最高の資産とは?
  2. 正解は一つじゃない
  3. 第1話 投資家脳と消費脳(短期投資と長期投資)
  4. 10年後を考えて動いた方が良い理由
  5. 外貨を稼ぐ
  6. 権力との適切な距離
  7. フェラーリが上場しました!
  8. 【頑固もので強引な人と付き合うな】

ソーシャルメディア

  1. FACEBOOK
  2. TWITTER
  3. YOUTUBE
  4. LINE@
  5. MAILMAGAZINE

アーカイブ

おすすめ記事

  1. 「ダウンタウンなう」に少しだけ出させてもらいました
  2. パーフェクトへの道
  3. ルブタンでまとめ買い

Mailmagazine

カテゴリー

おすすめ記事

世界の金利を見て思うこと

こんばんは、与沢です。 世界経済はきっとこの後リセッション(景気後退期)に入ると思います。…

ピックアップ記事

おすすめ記事

  1. シンガポール開拓してます
  2. バブ アル シャムス デザートというホテル
PAGE TOP