思うこと

常識を疑う

私は10代のころ、常識を徹底的に疑う、という今の自分のスタイルを確立しました。

そこから発展して、ずっと同じスタンスで生きてきています。

例を挙げたら無限に出てきますが、

例えば、

日本の借金は家庭内の貸し借りに等しいから問題がない

日本では、表に出すぎると色々な圧力がかかって打たれるから危険なのでやめた方がよい

良い会社や大学を出ていると人脈ができたり、ブランドになる

年収2000万円の人の習慣はこれこれだ!

これらの常識的な話は、今でも至るところで目にしますが、

本当にそうか?と思うことが多いです。

耳障りの良いことを聞いても、その実、あなたの人生が理想通りにならなければ全く無意味です。

なぜ世の中にはこれだけの書籍や情報があるのに人生を理想通りにしていける人はほとんどいないのか。

それが答えだと思います。

インプットは大事ですが、それ以上に大事なのは、常識に関わらず自分の目的を実現する実行力です。

ましてインプットしている内容が、耳障りの良い常識だと、実行力のない人間になりかねません。

私が思うことは、常識を疑わない限り、何も始まりません、ということ。

日本の財政については、日本は先進国ですから、先行投資が許容されるエマージング諸国とは異なります。

インフラもある程度整備された後です。

だとすれば、税収等の収入で、経常的な支出を賄えていない、というシンプルな事実にのみ着眼すべきだと思っていますし、だとすると家庭内の貸し借りで片づけるのは違うと思っています。

また、表に出てガンガンやってきましたが、それぐらいの気概でやっていかないと、開ける道も開けないと思っています。

また、良い大学と良い会社を出ることで、逆に平均的な人間になりかねないです。

そういうところの人脈が成し遂げることは、スマートな人生とはなるでしょうが、破壊的な人生にはなりえないです。

なぜなら良い大学と良い会社というのは、たいてい大量の人材を毎年輩出しているので、珍しくもなんともないからです。同種の人が集うだけ。

さらに年収1000万とか2000万の人の習慣とかの記事がたまに出てきますが、全くあてにならないと思います。

なぜなら、それらは給与支払者から高い評価を得るための習慣であることがほとんどだからです。

そもそもですが、この世の中、よく考えて生きてみると、色々な点で、おかしいと思うことがたくさんあります。

例えば、国民一人当たりのGDPが3万ドルを超えるぐらいでその国は裕福と言われますが、どこが裕福なのかなと思うわけです。物価に比して、全く豊かではないはずです。

例えば、各自が人生においてやりたいことを叶えていくにも、その10倍、100必要だと思います。

しかしそんな我儘は社会で通用しないと我々は刷り込まれています。

給与は月40万ぐらい、労働は週40時間が最低。

これど本当にそれは正しいのか?あくまで相対的な比較で相場は決まっていますが。。

そう考えていくと、年収1000万円をもらえるのは有り難いという価値観自体も疑うべきです。

本当に有り難いのか?ということです。

手取りで700万ぐらいになって、それで果たして自分の人生としてはベストなのか?

それは生活しているご自身が一番わかるはずです。

1000万をバカにしているわけではないです。

言いたいのは、そういう私たちを縛っているルールと常識を色々な角度で疑わないと始まらないということ。

それが高いという価値判断の人は、その仕事を手離すのは惜しいということになります。

逆に、それが安い、という判断の人は、その仕事を辞めることになるかもしれません。

お金だけが尺度ではないという常識もありますが、お金が実は最も大切なものであるという別の常識もあるかもしれないわけです。

このように私たちが当たり前だと思っている労働の対価や賃金相場、そしてサービスやモノの値段すらも、まずは疑う必要があります。

過少評価されているものは買いだし、過大評価されているものは、手にするべきではなくなります。

結局、人に差が付くのは、物事の捉え方、評価、解釈の違いがあるからです。

そこに大きな違いがあるため、時間の使い方やその後の行動の仕方が変わるわけです。

ということは、非常識な成功を実現するためには、多くの人が相場だと思っている常識をまず疑うことから始める必要があると思うわけです。

安全、安心、未来、希望、絶望、失敗、成功、恋愛、人生、正義、罪悪、勝敗に至るまで

色々な常識があります。

確かに、普遍的な真理とか人間の変わらぬ道徳とか、そういうのは否定しません。

だから私も普通の貞操観念に従い結婚したし、社会常識に全て無意味に反発するつもりはないです。

ただ、盲目になるのだけはご免ですね。

お偉いさんが言っていること、当然のようにみんなが順守している社会ルール、

全て疑っています。

人間の普遍的道徳でないところは、常識をぶち壊して行動していくべきだと思っています。

こういう生き方はかっこいいとか、こうすると評価されるよとか、

おいおいそれこそが大衆迎合でしょって思います。

誰か、あるいは、特定社会の誰かに評価されるために頑張っている人は、すべからく不正解だと思います。

自分の理想が分かっていないため、とりあえず人から評価されるように生きているに過ぎないです。

自分の理想を瞬時に答えられる人はとても少ないはずです。

まずそこをはっきりさせないとです。

理想があれば、当たり前のことを疑うことができるようになります。

理想がないと、当たり前に従って生きる他なくなります。

与沢 翼

 

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